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Author:鴫沢(しぎさわ)まり
西洋占星術の占い師です。
東京都在住。

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お人好しは、損ですか?

これもまた、ブログ読者の方からの質問と、その答えです。

>質問:私は、亡くなった祖母から「人には親切にしなさい。そうすれば、自分も人から親切にしてもらえるから」
と言われて育ちました。しかし、今はこの言葉に疑問を抱いています。
なぜなら、こちらが親切にしてあげても、それを当然の如く受け取るだけで、親切のお返しをしない「恩知らずな」人が多いからです。
そればかりか、中には、恩を仇で返すような人さえいます。
祖母は、単なるお人好しではないかという気がしています。
お人好しのアスペクトって、あるんですか?

お人よしのアスペクトなら、ありますよ^^
月と木星のアスペクトですね。
月が「感情」や「気質」、木星が「善意」や「寛容性」を表わします。
ハードだと、これが過剰になって、弊害が出る可能性があります(人を甘やかし過ぎたり、厚かましい人に利用されるとか)。
逆に、私からあなたに質問します。
お人好しの人は、損してますか?
目先の事だけでなく、あなたがお人好しだと思う人の人生全体を思い浮かべてみてください(死に際のことも含めて)。
あまり苦しまずポックリ逝けたのなら、今時かなり幸運ですよ。
その方のピンチの折に、何らかの形で助けが入りませんでしたか?
他の人から親切にされたり、便宜を図ってもらえませんでしたか?
人の一生というのは、どこかで帳尻が合っているものですけどね。
あなたが、誰かのために善意で何かをしてあげた場合、必ずしもその相手からお返しがあるとは限りません。
「江戸の敵を長崎で討つ(意外な場所や筋違いな事で、以前に受けて恨みに思っている事の仕返しをする)」という諺がありますが、その逆で、「江戸の恩を長崎で返す」ということもあり得るのです。
「Aさんから受けた恩を、Aさんにではなく、Bさんに返す」ということです。
言い方を変えると、「あなたがある人にしてあげたことのお返しを、その人ではなく、別の人がしてくれる」こともあり得るということです。
不思議な事ですが、そういうことが多々あるのです。

昔の人は、「お天道さん(神様)がちゃんと見ている」というような言い方をしていましたが、
「天の蔵に財を積む」というよう、上手い言い方をされていた人がいました。
この場合の「財」というのは、「善行」とか「功徳」といったものでしょうか。
財というより「ポイント」と言った方が現代的でわかりやすいかもしれませんね。
この「ポイント」は「運」や「他の人からの親切や援助」に還元出来ます。
あなたがピンチに陥った時、ここに貯めたポイントを引き出して使えるわけです。
逆に、ここにポイントを貯めていない人は、自分の手元の「運」を使い切ったら、もう使える「運」がありません。
人からしてもらうだけで、自分は何もしてない人は、そのうち誰からも助けてもらえなくなるということですね。
どうですか?ちゃんと帳尻が合っていると思いませんか?
ま、結局は「人のため」というより、「自分のために(自分の将来の備えとして)」やっているようなものなので、
「親切にしてあげた」人に対して、恩着せがましくなることはないのです。
そう考えると、気が楽になりませんか?

結論。
お祖母様の言われた「人には親切にしなさい。そうすれば、自分も人から親切にしてもらえるから」は、正しいです。
ただ少し言葉足らずだっただけ、だと思います。
相手を甘やかせてダメにしない程度に、人には親切にしましょう^^



















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質問に対する答え

前の記事について質問をいただきましたので、お答えしようと思います。

>質問:ネイタル・チャ-トがその人の人生の設計図ということですが、それならば、そこに記されていない事を望んだり、やろうとした場合は、うまく行かないのでしょうか?

基本的にそうですね。
掃除機として作られた物に、冷蔵庫の役割をしろと言っても無理ですからね。
でも、それをやろうとして苦しんでいる人が少なからずいるのも現実です。
自分が何をしたいか考えるのも大事ですが、むしろ世の中に対して自分が何を提供できるかを知ることの方が、
自分の能力を活かし、無駄のない生き方をするための近道かもしれませんよ。
人生というものは良くしたもので、自分にとって間違った(うまく行かない)道を歩んでいる場合、
途中で軌道修正を促すような事件が起こります。
トラブルだったり、病気だったり、事故だったり、一般には「試練」と呼ばれるものです。
その時が、自分が行く方向を間違えていることに「気づく」チャンスなのです。
試練をいつも「人のせい」にしていると、大事な「気づき」を得られませんので、気をつけてくださいね。
一番わかりやすいその時期は、ネイタルの太陽や月に、トランジットの天王星や冥王星がアスペクトを形成する時ですが、2つとも非常に動きのゆっくりした星なので、人によってはなかなかアスペクトを形成しない場合もあります(それもまた、その人の運命というわけで…)。
次に、土星がハードにアスペクトする時ですかね。
土星には、「見直し」とか「再考」とかの意味がありますから。
特に、サターン・リターン(29年位毎に、誰にでも巡って来ます)の時期は、
それまでの生き方や考え方、やり方を見直し、修正をかける大きなチャンスです。
こういう時を利用して、生き方を見直したり、方向性を変えたり、悪縁や腐れ縁を切ったりします。
あまりに自分の欲望や願望、やり方や、立ち位置に固執していると、この大きなチャンスを逃すことになります。
ネイタル・チャートの状態によっては(暴力的な事に縁があるとか、事件・事故に巻き込まれやすいとか、健康運や金運が弱いとか)、それが大きな災難を引き寄せることになるので、注意が必要です。
世の中的に見ても、大事件や大惨事の前には、いくつかのそれより小さな事件や事故が起きているのにお気づきのはずです。その時が修正のチャンスなのですが、無視されるケースが多いのは、残念なことです。

星は生き物ではありませんが、常に、私達にメッセージやアドバイスを送ってくれている、温かな存在なのだと認識して、
星の導きに沿って、素直に生きるのが、良い結果に繋がるような気がします。
どうぞ、星たちを味方につけちゃってください。頼りになると思いますよ。
そして、自分と、自分の人生を信じてください。










質問への答え

ブログ読者の方から質問をいただいておりますので、まとめてお答えしたいと思います。
あくまで私の考えであり、意見ですので、これが絶対ということはありません。念のため。

>質問1:悪い運が廻ってきた時、その人が善行を積んでいたら、軽くなることはありますか?
これは、十分あり得ます。
但し、その人の年齢(高齢である)や、寿命が来ている場合は違うと思います。
なので、「亡くなったから善行が足りなかった」などとは思わないでくださいね。
それ程単純なものではないですから。
周囲のすごく運の悪い人に引きずられる、ということもありますし。
それから、大きな災害や事故に巻き込まれて亡くなる方には、いい人が多いです。
いい人が多数亡くなるからこそ、社会に与えるインパクトや、影響力が大きく、
その犠牲を無駄にしないために、そういうことを繰り返さないために、
色々対策を考えることに繋がるわけです。
いい人の死は、世の中を動かすのです。
以上のことをを踏まえた上で、以下の文をお読みいただきますように。

「結果」には、必ず「原因」と「過程」があります。
何もない所に、いきなりドカンと「結果」だけが落ちてくることはありません。
私がよく口にする言葉に、「過去の私が現在の私を助ける。あるいはその逆もある」、
もしくは、「現在の私が未来の私を助ける。あるいはその逆もある」というのがあります。
自分が過去にやった事、あるいは何となく「将来必要になるかも」と思って、買っておいた物が、
現在のピンチを助けてくれたり、思わぬ大活躍をしてくれるということです。
あるいは、過去に自分がやった事が原因で、現在のピンチを誰も助けてくれないということもあります。
過去も、現在も、未来も独立して存在しているのではなく、繋がっているのです。
今この瞬間も、未来にとっては非常に大事なものかもしれません。
その時々の自分の判断や、選択が重要になってくるわけです。
あだやおろそかにしてはいけないということですね。
本来の意味での「情けは人のためならず」という格言にも通じるものがあります。
つまり、「人にかけたつもりの情けが、回り回って、自分の所に戻って来る」ということですね。逆もまた然り。
ま、未来の自分に「保険を掛けるようなものでしょうか。
で、ピンチの時に、「保険金が下り」わけですね。
結局、自分を助けるのは自分なんですよ。
よって、自分を信じ、自分を律していくことは大切ですね。
災難を人のせいにしていては、同じ事を繰り返すだけで、いつまでたっても進歩はありません。
そういう考えで生きていくことが大切なのではないかと思います。

>質問2:よく大きな災害や事故で生き残った人が、亡くなった人たちのことを思い、自分がその人たちを差し置いて生き残ってしまったことに罪の意識を感じ、苦しまれることがあると聞きますが、これについてどう思われますか?
多分「助かって運が良かった」と思うことに罪悪感じるのかもしれませんね。
そう思うと、亡くなった人々は「運が悪かった」ということになりますから。
そうではなくて、生き残った人は、「自分にはまだやり残した仕事や、使命があるから生き残ったのだ」と考え、それをやり遂げるためにしっかり生きて行って欲しいですね。
逆に言えば、亡くなった人は、亡くなることで遂行する役割があったのだと解釈することも出来ます。
自分を責めたところで、良い事は何もありません。時間の無駄です。
それより、「その間にやれる事(例えば、人助けとかね)はいっぱいあるでしょ」という感じです。
第一、生き死には人間が勝手に決められる事ではないです。天が決めることです。天に任せておきましょう。
急がなくても、誰もがいつかは死ぬものですし。早いか遅いかだけのことです。決して不平等ではないですよ。
生きている方が辛いということもあり得ますしね。
堂々と生きて行って欲しいです。








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