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Author:鴫沢(しぎさわ)まり
西洋占星術の占い師です。
東京都在住。

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トランク一つ持って

先日の記事(森の生活)とも関連しますが、
私の長い間の、そして現在でもそうである憧れは、
トランク(又はスーツケース)一つだけ持って、
どこへでも移動出来る、自由で身軽な生活です。
でも、実際には、ホテル住まい&外食前提でなければ、あり得ない生活ですよね。
人間が生きて生活していくには、実に多くの雑多な物が必要です。
自炊するなら、調理道具や食器も必要ですしね。
それだけで、トランクはいっぱいになります。
衣類だけでも、春夏秋冬の物が必要ですし。
小さなハサミ1つ無くても、不便ですしね。
でも、死んだら、その瞬間から、全て不要になるんですよね。
なんて自由なんだろう!と、ある時、亡くなった人が残していった持ち物を見ていて思いました。
肉体が無いって、おそろしく自由なんですね。物が必要なくなる。
それどころか、、(肉体に由来する)将来への不安や、心配、苦痛も無くなる。
逆に言えば、肉体がある以上は、人間は不自由。
その不自由さの中にも楽しみはあって、だからこそ皆生きていけるわけだし、
一部の人たちは、出来るだけ長生きしたい、死にたくないと思えるのでしょう。
私はといえば、出来るだけ物を持たない生活を心がけながら、
TVや写真に写った野生動物を見ると、生きていくのは大変だろうけど、
身軽でいいなと、相変わらず物を持たない生活に憧れています。




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積水ハウスのCM

積水ハウスのCMは、
バックに流れるあのテーマ・ソングが妙に郷愁をそそって、好きなのですが、
特に、以前流れていたバージョンで、
誰もいない家の中を、一匹のトイ・プードルが、勝手知ったる様子で(ここが大事。家族の一員なのです)、部屋を横切り、階段をトントンと上がって行くというのがあるのですが、
あれを見るたび、胸がキュンとなったものです。
郷愁と幸せの象徴みたいに思えて。
犬が満足そうに暮らしている家って、幸せな家だと思いませんか?
猫好きな人にとっては、猫がいる家かな?





このゴールデンレトリバー篇も、犬好きにはたまりませんね。
https://www.youtube.com/watch?v=kGJYSNnz-9c


著名人と見知らぬ人の鑑定

著名人が何か事件を起こしたり、話題になったりすると、
周囲から、その人のチャート読み(鑑定)をリクエストされるのですが、
正直、著名人の鑑定には「今更」感があって、面白くありません。
既に、報道や、日頃の言動から、大体どういうチャートの持ち主か見当がつきます。
顔や雰囲気も見知っています。
チャートを見ても「あぁ、やっぱりね」という感じで、意外性は殆どないんですよ。
つまり、ワクワク感はゼロ。
西洋占星術が当たっているかどうかの検証には、役立ちますけどね。
なので、私は、著名人のチャートを見るのは気が重い。
余程興味を惹かれたか、必要性に駆られた時以外は見ません。
私が好きなのは、国や世の中全体の動きを読む事と、
見も知らぬ人のチャートを読む事です。
前者は、スケールが大きいのが魅力で、実際の生活のヒントにもなります。
個人の運勢は、それだけで独立しているわけではなく、
国家の運勢や、世の中の動きと無関係ではいられません。
後者には、謎解きに似たワクワク感があります。
チャートを読み解くにつれ、見たことも会ったこともない人のキャラが立ち上がってきて、あるイメージが目の前に浮かび上がってくるのは、楽しいものです。
今は無名でも、将来大化けしそうな、宝石の原石を発見する事もありますし、
素晴らしく性格の良い人や、健気に頑張っている人を見ると嬉しくなり、応援したくなります。
占い師は、著名人や重要人物の運勢を鑑定するのを名誉としている、と思っている方もいらっしゃるようですが、
そんなことはありません。少なくとも、私は違います(例外は、私達の生活や運命にも関わってくる、国の舵取りをする人の運勢)。

というわけで、見知らぬ方、大歓迎なのです。




立春!

1年のうちでどの日が一番好きか?と問われたら、
私は迷わず、2月4日!と答えます。
今度生まれて来る時はどの日に生まれて来たいか?と問われても、
2月4日!と答えます。
なぜなら、立春だからです。
立春といっても2月4日はまだまだ寒い盛りにあるのですが、
それでも立春という言葉には、希望の響きがあります。
「春までもう一息だよ~」という知らせのような。
別に春が来たからといって何か良い事があるわけでもないし、春は別れの季節でもあるのですが、
やはり気候は良いですし、新たなサイクルの始まりの季節でもあるので、
何となくワクワク感があるんですよね。
だから私は、立春の2月4日が好き^^

話変わって、昨日は節分でしたが、
節分の「豆撒き」という行事には、ややこしい言い伝えがあるのをご存知ですか?
ここからは、ちょっとマニアックな話になるので、興味のない方はどうぞスルーしてください。
さて、大昔、神代の時代に、神々の間で争い事がありまして、
国常立尊(くにとこたちのみこと)という神様が追放され、艮(うしとら)の方角(丑と寅の間)に封印されました。
丑寅(=東北)の方角を「鬼門」と呼ぶのは、これに由来するようです。
よって、風水の本場である中国には鬼門というものはありません。日本だけのものです。
この国常立尊という神様は、天地が開いた時に現われた神様だそうで、
いわば日本という国の国土形成の始原神、根源神、国土の守護神とも言うべき偉い方で、
正神中の正神(反対は邪神ね)なのですが、それ故にかかなり厳格な方だったようで、
その厳しい統治が、他の神々の反発を呼んだようです。
日本の神々というのは、我々の先祖(=人間)のことなので、
「封印」というのは、つまり「殺して、埋めた」ということなのだろうと思います。
単に閉じ込めただけでは、その場所を「鬼門」などと呼び、恐れるはずがありません。
その日が節分。
神々はこの神様を相当に恐れたようで、再び蘇って来ないように、様々な手を打ちました。
節分の豆撒きは、「炒った豆からは、再び芽が出て花が咲くことはない」という意味であり、「鬼は外」の「鬼」は、国常立尊(最初に「国」という字が付いているところをみると、縄文の神様ぽいですね。弥生の神様なら「天」の字が付いているので。何となく状況が見えてくるような…)鬼のことです。
更に、正月の雑煮は、この神の臓腑を煮て食べるという意味だし、
小豆粥は、この神の血と筋を食べることだそうで、
つまり、徹底的に生き返れないように、念を押しているわけですね。
しかも、毎年繰り返して。日本民族には珍しい、執拗さです。
そういえば、「なんで、鬼は外なの?そんなイジワルしないで、鬼も内に入れてやればいいじゃない」
と思った経験のある人も少なからずいるようです。
私も、その一人です。加えて、炒った大豆も、雑煮も、小豆粥も好きではありません。
そうと知らずに「封印」に加担させられていたなら、甚だ心外です。

オカルトチックな余談として、
東日本大震災の大揺れによって、この国常立尊の封印が解けて、蘇ったと言う人もいます。
神様が蘇るのに随分な犠牲だと思いますが、
確かに、あの日を境に、日本は大きく変わってきているような印象を受けます。
本当に、真の日本の守護神である神様が蘇って、活動を始められたのなら、
これ程心強いことはないと思えるのですが、さて、どうなんでしょうね?





犬の話

ダルメシアン斑(ぶち)が無ければラブラドール     まり


ま、それだけのことなんですけどね^^
ふと気づいたもので。
そういえば、私、ウィペット(多分)という
ドッグ・レース用の、マッチ棒のように細い犬種の子犬が、
白いロンパースを着て、散歩しているのを見たことがあります。
モコモコして温かそうで、すごく似合っていて、可愛かったです。
犬用のロンパースがあるんですねぇ。初めて見ました。
ウィペットのように皮下脂肪が少なくて、
冬がキツそうな犬にはピッタリの物ですね。






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